テレビ番組/配信情報

ちむどんどんの時代設定はいつでモデルや原作は?三線は女性NGだった

2022年前期のNHK朝ドラ『ちむどんどん』の時代設定は、1960年代からスタートしています。

女性が三線を弾くことが歓迎されなかった時代のようですが、時代背景も気になりますね。

1960年代は終戦後でアメリカの統治時代、沖縄は本土復帰前でした。

 

『ちむどんどん』は、ヒロイン暢子/黒島結奈(くろしまゆいな)が西洋料理のシェフを目指すストーリーですが、モデルや原作はあるのでしょうか?

 

この記事でわかること

「ちむどんどん」幼少期は1960年代(昭和30年代)

朝ドラ「ちむどんどん」のモデルや原作はない

三線は女性NGだった時代背景も詳しく

ちむどんどんの時代設定はいつ?

【幼少期】1960年代(昭和30年代)

【高校生時代】1970年代(昭和40年代)

『ちむどんどん』は、1964年の沖縄を舞台にスタートします。

アメリカ統治下の時代で、本土とは文化が違うことが随所に表れています。

沖縄が本土復帰する1972年は、比嘉暢子が高校卒業して上京する年です。

時代設定 時代背景
第1-2週
【幼少期】1964年
アメリカ統治時代「アメリカ世」
第3週
【高校生】1971年
本土復帰の前年
※本土復帰は1972年5月15日

 

幼少期:1964年

「ちむどんどん」第1週~2週の幼少期の時代設定は、1964年。

ヒロイン比嘉暢子(のぶこ)が10歳・小学5年生の設定で、子役の稲垣来泉(いながきくるみ)さんが演じます。

1960年代の沖縄
  • アメリカの統治時代(施政権は日本に無い)
  • 米ドルが通貨
  • 沖縄⇔日本本土の行き来はパスポートが必要
  • 車は左ハンドル、右側通行

 

沖縄の人は、沖縄人以外の日本人=「ヤマトゥンチュ」または「ナイチャー」と呼んでいたそう。
<参照:ミモレ

引け目や妬みからの言葉ではなく、差別用語でもありません。

本土と切り離されていた沖縄は、文化も政治も違っていたため、「沖縄人と日本本土の人間は違う」という認識が濃く残っていたのでしょうね。

 

高校生時代:1968~1971年

「ちむどんどん」第3週からの時代設定は、1971年(昭和46年)。

ヒロインは、黒島結奈(くろしまゆいな)さんで、高校3年生の設定です。

 

翌年1972年にアメリカから返還され、沖縄は日本本土に復帰します。

 




 

ちむどんどんのモデルや原作は?

モデル・原作:ない

『ちむどんどん』は、作家・羽原大介(はばらだいすけ)さんのオリジナル脚本です。

モデルも原作もありません。

 

羽原大介さんは、日本社会の少数派の人にスポットを当てた作品が多いです。

2006年
映画『パッチギ!』(共同脚本)
日本人と在日朝鮮人の高校生の青春映画
2007年
映画『フラガール』(共同脚本)
フラダンスへの偏見に立ち向かい成長するダンサーの実話
2014年
朝ドラ『マッサン』
シャーロット・ケイト・フォックスが出演
大正時代に国際結婚した夫婦の話

 

映画『パッチギ!』、『フラガール』はdTVで配信中です。



 

ちむどんどんの時代設定は1960年代で三線は女性NGだった

三線=「男性が演奏する楽器」という認識

比嘉暢子の父・比嘉賢三(大森南朋)は唄三線が大好きで、三女の比嘉歌子(のちの上白石萌歌)に三線と唄を教えるシーンがあります。

父が歌子のために作ったかわいい三線は、空き缶を利用して作った「カンカラ三線」です。

物が豊富ではない時代、というのも表れていますね。

 

父親が唄三線を娘に教えている姿は、ほほえましいですよね。

しかし、ご近所から「三線を女の子に教えるなんて甘い」と否定的に見られていました。

 

三線は男性が弾く楽器

現代からすると「三線は女性が弾いてはダメ」という考えに違和感を持ちますが、1960年代当時は、男性女性の区別・差別があったようです。

SNSを参照にすると「三線だけでなく、唄も基本男性のもの」という認識の時代があったのですね。

 

女性が三線を弾けない時代

沖縄民謡の唄者で有名な大城美佐子さんについて記事の中でも、「女性が三線を弾くことが良しとされなかった時代」があったと記されています。

三線は17世紀以降、琉球王国の宮廷楽器として使われ、士族階級や富裕層が所有して男性が演奏するものでした。

明治~大正時代には徐々に庶民に広がりましたが、男性の楽器という意識は根強く、大城さんが若い頃も、女性が弾くことは良しとされていませんでした。

引用元:withnews

 

大城美佐子さんの生まれは1936年です。

比嘉暢子は1954年生まれの設定なので年代は少しずれますが、「女性が三線を弾くことが良しとされなかった時代」は共通していたと想像できますね。

 




 

最後に

『ちむどんどんの時代設定はいつでモデルや原作は?三線は女性NGだった』と題してご紹介しました。

 

朝ドラ『ちむどんどん』は、沖縄が本土復帰50周年を迎えるにあたり製作されました。

そのため、本土復帰前の1964年から話がスタートしています。

モデルや原作はありませんが、SNSにある当時の様子を懐かしむ声も見ると、当時の沖縄の人々の姿が表れているドラマなんだろうと想像できますね。

 

また、当時は三線と唄を女性が扱うのは異質だったようです。

回を重ねるに連れ、三女の歌子が三線と唄を覚えていくシーンも重要なものになりそうですね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

稲垣来泉は姉妹で子役!家族構成に母親と父親の顔画像と職業は?2022年前期NHK連続テレビ小説「ちむどんどん」で活躍している稲垣来泉(くるみ)さん。 小顔であざとさのある笑顔がかわいいですよ...